
多くの人との出会いなど、
テコンドーのおかげで人生が楽しくなった
チャレンジする気持ちも含め、
後輩へ共有していきたい
小学校5年生から、テコンドーを始めた星野選手。健聴者と一緒に練習や試合に取り組み、黒帯を取得するまでになります。昨年開催された「東京都デフリンピックチャレンジトライアウト」に参加し、合格。その後、練習を重ね「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025(以下、東京2025デフリンピック)」の日本代表に選出されます。東京2025デフリンピックへの意気込みはもちろん、テコンドーに対する星野選手の思いなどを存分に語っていただきました。
2025年11月5日公開

テコンドーとの出会い 格闘系のアニメが好きだった
小さいころから『美少女戦士セーラームーン』や『聖闘士星矢』など、一昔前のアクションシーンのある格闘系アニメが好きでした。「強い女性になりたい」という気持ちが芽生えたのはその頃で、現実の世界で“変身”できる場所としてテコンドー教室に惹かれました。
ただ、当時は今ほどオープンではなく「女の子が格闘ものを好き」と言いづらい空気もあって、気持ちは心の中にしまっていました。それでも頭の片すみにずっと残っていて、小学校5年生の頃にふと「やっぱり一度やってみたい」と思い、体験会に参加しました。実際にやってみたら想像どおり楽しくて。それからずっと、テコンドーは私の生活の一部になっています。

健聴者と同じ環境で鍛えられたテコンドー時代
入会した道場は、一般のテコンドークラブでした。耳が聴こえないのは私だけで、練習も試合も、周りはみんな健聴者。だからといって特別扱いされることもなく、型(プムセ)も組手(キョルギ)も同じように取り組んでいました。黒帯の取得もその延長で、当然の流れとして目指していたものです。組手は読み合いや瞬時の判断が求められる競技ですが、私はあまり得意ではありませんでした。一方の型は、教わった動きを自分の中で噛み砕き、どう表現するかを黙々と探っていく時間があります。その“自分と向き合う感覚”が心地よく、次第に組手より型に惹かれていきました。
組手はあれこれと戦略を立てる必要がありますが、私はあまり得意ではありませんでした。一方、型は教えてもらったことを自分の中で習得し、その見せ方を考えるという違いがあります。私にはこの考えることが自分自身と向き合うことにつながるものに思え、そうした時間が好きだったこともあって、次第に組手よりも型に注力するようになりました。
※テコンドーには相手と対戦する「キョルギ(組手)」と1人で行う「プムセ(型)」があります。パラリンピックではプムセは採用されていませんが、デフリンピックではキョルギとプムセどちらも採用種目です。

デフリンピック挑戦のきっかけは、「仲間に出会いたい」という思い
デフリンピックの存在を知ったのは、2年ほど前の関連イベントでした。テコンドーも競技種目に入っていたため、「デフでやっている選手はどんな人たちなのだろう」と調べたのですが、ほとんど情報が出てこなかったのです。テコンドー自体がマイナー競技なので、その中のデフとなると、さらに人数が限られるのは当然なのかもしれません。
それでも「世界にはきっと仲間がいるはずだ」と思いました。海外にはサッカーや野球並みにテコンドーが人気の国もあります。ならば、自分がデフリンピックに出場して競技の認知度を上げつつ、そこで世界の選手と直接出会えばいい、そう考えるようになりました。
ちょうどその頃、大学の先生から「東京都デフリンピックチャレンジトライアウト」の開催を知らされました。東京2025デフリンピックを見据えて選手を発掘する試みだったのですが、私としては半分「様子見」のつもりで応募しました。ところが、まさかの強化選手に選ばれてしまったのです。

流派の違いやモチベーションギャップで苦労
ただ、ここからが大変でした。私がこれまで10年以上取り組んできたテコンドーの流派と、デフリンピックなど国際的なスポーツ大会で行われるテコンドーの流派が異なるため、新たに型を学ぶ必要があったからです。そのため、以前は週に一度2~3時間ほどの練習量であったのが、週に3日ほどと増えていき、それが6日間となり、現在は毎日練習するようになりました。種目は型のみに絞りました。新しい型を覚える作業は大変ではありましたが、技術を身につけていく過程はむしろ好きな方なので、気づけば夢中で取り組んでいました。
一方で、その後に行われた大会で日本代表の座を獲得したことで、これまではただ楽しいという理由で続けてきたテコンドーが、日本代表という肩書きを背負ったプレッシャーによって、次第にしんどく感じることが増えました。そんなときに、親や大学のアスリート仲間に相談して「メダルよりもまずは楽しむことでしょう」とアドバイスをもらえたことで、肩の荷が降りましたね。同時にエネルギーももらえたと思います。

テコンドーの魅力 静と動が交差する“美しさ”を見てほしい
私がテコンドーを好きになった原点は、幼いころに憧れていた格闘系アニメのような、ダイナミックな蹴りのかっこよさにあります。実際のプムセ(型)には飛び蹴りのような大技はありませんが、その代わりに「静と動の表現」が魅力です。
連続した足技から一瞬でピタッと静止する瞬間。蹴り上げた足と軸足が一直線に揃ったまま、ブレずに保たれる姿勢。そして、演舞中に一点を見据える鋭い視線。
「身体のコントロール」と「集中の強さ」そのものが勝負になる競技なのです。私自身の強みも、その静止の精度や視線の強さにあると思っています。
メダルの色は関係ない。テコンドーを通じた人生の広がりをみなさんに伝えたい
私はまわりを田んぼに囲まれ、生徒数も一般の学校に比べ遥かに少ない、茨城県の田舎町のろう学校で9年間学んできました。そのため狭い視野や考え方に、そのころはとらわれていたように思います。でもテコンドーを通じて多くの人たちと出会うことで、精神的に成長することができ、今では広く自由な世界で毎日を楽しむことができています。代表選手となってからは関連イベントに呼ばれるようになり、以前にも増して様々な人たちとの交流が生まれ、さらなる自己成長につながっているように思います。
子どもたちに指導する機会も増え、子どもたちが技を新たに覚えたり上手く演技できるようになったり、大会で結果を残したような姿を見ることが、新たな楽しみともなっています。今後は技だけではなく、私がテコンドーを通じて得た人生の楽しみ方も、子どもたちはもちろん、多くの人たちに伝えていきたいと考えています。
また、自分がデフリンピックに出ようと思ってチャレンジしてきた過程も同じように伝えていきたいですし、もし今テコンドーに限らずパラスポーツ、そのほか何か挑戦したいことがある人には、今すぐに始めたらいいと伝えたいですね。勇気を持って踏み出す1歩が、これからの自分の人生をつくったり、楽しくしてくれたりするものになるかもしれないからです。
だからこそ、東京2025デフリンピックでは最高に全力で金メダルを目指します。同時に、私の演舞を通して「テコンドーが私の人生をここまで広げてくれた」という事実を、多くの人に伝えられる存在でありたいです。
撮影日:2025年8月9日(土)
撮影地:東京都中野区の中野区立総合体育館
撮影者:仙波 理








