
努力がタイムに反映されやすいのが
マラソンの魅力
結果が出なかったとしても、
挑戦することに意味があると思います
それまで経験のなかったマラソンへの挑戦を決めた青山拓朗選手。その半年後に開催された東京マラソン2023で高記録を出し、一躍注目選手に。2024年に台湾で開催された第5回世界デフ陸上競技選手権大会では、5000mとマラソンで銀メダルを獲得し、2025年3月に開催された東京マラソン2025では自己ベストならびにデフの日本記録を更新するなど、東京2025デフリンピックでの活躍が期待されています。標高約1600mの霧ヶ峰でトレーニング中のところを訪問し、これまでの歩みや意気込みを伺いました。
2025年11月14日公開

小6で出場した駅伝大会で優勝したのをきっかけに陸上部へ
補聴器をつければ日常生活においてほぼ問題はなかったこともあり、小学生のころは野球に熱中していました。練習で行うランニングが、チーム内で断トツに速かったんです。それで小学校6年生のときに、地元の台東区で開催された駅伝大会に出場してみたら、優勝してしまって。中学校からは陸上部に入り、3000mなどの長距離種目に取り組むようになりました。
小学校時代に野球に取り組んでいたおかげで、心肺機能も含め基礎体力がついたと思います。けがもほとんどしませんでした。陸上競技に移ってからは、中学時代は関東大会で優勝し、埼玉栄高校にスポーツ推薦で入学しました。高校時代も全国高校駅伝大会で区間賞を獲得。箱根駅伝など大学三大駅伝に出場したいとの夢を抱くようになり、再びスポーツ推薦で城西大学に入学しました。

大学時代に挫折を味わい、競技からは一旦離れる
ところが、大学時代は大会の出場メンバーに選ばれることは一度もありませんでした。そのため実業団(企業の陸上部)に入部することもできず、大学卒業後は一般的な形で就職し、陸上競技とも距離を置くようになりました。
市民ランナーとして走ることで、楽しさを再確認
ただ、しばらくすると市民ランナーとして走っている方たちから誘いを受けたこともあり、自分も市民ランナーとして再び走るようになりました。すると走ることはもちろん、走ったあとに仲間と打ち上げで過ごす楽しさなど、これまでとは違った走ることを通した魅力に気付かされました。

デフリンピックへの挑戦 地元で走りたい
これまでは一緒に走っている仲間は健聴者でしたし、参加する大会も健聴者が参加する一般的な大会でしたが、2021年だったと思います。次のデフリンピックの開催候補地が東京だということも含め、その存在を初めて知り、台東区出身なので「地元で走りたい」と強く思うと同時に、出場するなら花形種目であるマラソンで出たい、との願いも抱くようになりました。
ただ、マラソンのような長い距離を走ったことはこれまでありませんでしたし、練習もしたことがありません。でも、どうしてもマラソン選手として地元を走りたい。この思いが強く、普段走っている距離を伸ばしたり、練習量を増やすなどの取り組みを続けていきました。
初マラソンで2時間29分の高記録 一気に注目選手に
目標を掲げてから半年後に開催された東京マラソン2023に出場すると、2時間29分という高記録を出し、強化選手に選ばれました。その後は日本代表にも選出され、今年の3月に行われた東京マラソン2025では自己ベストならびにデフの日本記録を更新し、目標であった東京2025デフリンピックのマラソンの出場権を獲得することができました。

手話は新しい言葉のよう 覚えることで仲間が増えています
マラソンは30kmあたりから脚が重くなり、ペースダウンしていきます。とにかく練習で距離を走ることが対策となるので、今まさにそこに取り組んでいるところです。ここでも、市民ランナーたちの存在が大きいです。仲間がいるおかげで、辛い練習も乗り越えることができているからです。
デフの代表選手となったことで、長距離の選手に限らずこれまで交流のなかった、聴覚障害のある選手たちとも知り合う機会が増えました。手話もいま必死に覚えている最中です。新しい言葉を覚えているような新鮮な感覚でもあり、覚えることでさらに多くのデフの選手たちとコミュニケーションを取りたいと思っています。
静寂の中での駆け引きに注目してもらいたい
マラソンに限らず長距離走の魅力は、タイムが早い選手が必ずしも勝つわけではないことです。集団を形成したり独走するなど選手があれこれと考え、駆け引きをしているからです。
ただ、デフの大会などに出るときは補聴器を外すため、自分たちは音が聴こえない状態で、後ろから迫ってくる選手の様子などを探っています。一見すると普通に走っているように見えますが、デフのランナーは静寂の中で駆け引きしているんです。こうした視点でレースを観戦すると、興味がさらに増すのではないでしょうか。
ピストル音ではなく、「スタートランプ」と呼ばれる光を発するスタートを知らせる装置にも注目してもらいたいです。長距離種目ではスタンド型ですが、短距離種目では選手が下を向いているので、トラックに置かれるタイプとの違いもあわせて、着目してもらえたらと思います。
力を温存して走っているのに速く、ラストスパートではさらなる加速を
トラック競技で鍛えてきたラストスパートが、自分の持ち味だと思っていますし、注目してもらいたいですね。ラストスパートで余力があるよう、できるだけ力を温存しながら、かつ、ペースも早い。フォームも含め、そのような意識で走っていることも、あわせて見てもらえたら嬉しいです。

マラソン、10000m両方で金メダルを取ります!
東京2025デフリンピックでは、10000mにも参加します。マラソンとあわせて、両種目で金メダルを取りたいと意気込んでいます。
マラソンでは使用していない首都高などの道路を利用する周回コースのため、トラック競技も取り組んでいる自分にとっては有利だと感じています。観客席も設けられるようなので、周回する度に地元の仲間や勤務先の方など、多くの人たちが応援してくださるのも励みになると思ってもいますし、本当にありがたい限りです。
まずは挑戦してみよう 失敗してもそれが経験になる
自分は大学時代に挫折を経験しました。でも、再び挑戦することで今があります。耳が聴こえないことを理由に挑戦することを諦めている人がいるとしたら、自分や陸上競技に限りませんが、デフリンピックに出場する選手の姿を見ることで、挑戦してみよう。そのような思いを持つきっかけになれば嬉しいです。
思うだけでなく、行動することも大切です。不安もあるかもしれませんが、一歩を踏み出すことが大事だからです。仮に失敗しても自分がそうであったように、どこか別の機会で挑戦は活きると思っています。
撮影日:2025年8月23日(土)
撮影地:長野県茅野市「霞ケ峰陸上競技場」
撮影者:仙波 理








